◎新刊紹介○
◎樋渡啓祐著「首長パンチ」○
◎佐賀県武雄市長、悪戦苦闘の手記○
◎地元医師会と首長とのガチンコバトルの顛末は?!○
「「おまえは、ウチから追い出してやる」上司の言葉ひとつで、将来を左右されるのが“霞が関のルール”だ」-。
平成18年、全国最年少市長として初当選した佐賀県武雄市の樋渡啓祐(ひわたし・けいすけ)市長が自ら綴った首長奮戦記「首長パンチ」。同書の書き出し部分だ。
「僕は平成5年、総務庁(現・総務省)に入った。東大卒ではあるけれど法学部ではなく、経済学部である。当時の霞が関では、出身大学はおろか出身学部によってすでに、各自の序列に明確な差がつけられていた。しかも、僕の公務員試験の成績は中の下でしかない。だからというわけではないが、仕事はめちゃくちゃ頑張った。朝から晩までなどではない。朝から朝までだ」という、キャリア官僚として社会人デビューした樋渡氏は、しかし、その激務のためもあり、途中で事務次官レースから脱落、沖縄へ左遷される。
そこでの体験や、ふるさと武雄市での出会いなどを経て、平成18年4月、36歳で日本最年少市長に当選する。
本書後半部分は、就任後に浮上した市民病院の再生問題(民間移譲)で、政治家のタブーともいわれる、(地元)医師会との確執から、リコール(解職請求)、辞職、市長への再選、再再選に至る、悪戦苦闘のドキュメンタリー(ドラマ?)。
首長手記にありがちな、お固い、政治主張などはない、書き手の人柄がにじみ出る、奮戦記。医師会など各種反対勢力から怒濤のパンチを浴び続けても、自らの姿勢を貫いた政治家の感動の書になっている。
「無投票っていいよね~」「そんなに、うまくいくのかなあ」「いくよ~、いくいく。稲富さん(同氏を支持する佐賀県議会議員、注:本紹介文)がそう言ったんだから」「でもねぇ、ほんとうにそんなに甘いものなの?」「大丈夫だって」「なら、いいんだけど」「4月から僕は武雄の市長さんですよ」「それがどうも信じられないのよね」「そんなことよりさ、当選が決まったら暖かいタイにでも行こうよ」「それは嬉しいけれど」「僕と稲富さんを信じなさいって。信じるものは救われるって言うでしょう」初の市長選に臨む樋渡氏と同夫人の会話だ。およそ市長らしからぬ、ユーモアあふれる生身の人間の言葉が、随所にちりばめられている。「樋渡節」に引き込まれてしまいながら、結果的には、市長・政治家としてのやりがいも十分感じられる。
「「市長さん、なんで辞めるの」「そうだ、そうだ」「わたし、市長さんのファンだったのに」「僕だって、市長さん大好きだよ。市長さんが小学校に来て話をしてくれたこと。ちゃんと覚えとるばい」「運動会のとき、いっしょに走ってくれたでしょう」「あのとき、転んどったよね」「市長さんはおっきいから転び方が派手だったなあ」「市長さんのお話、おもしろかったよ」「僕も大きくなったら市長さんみたいな、市長さんになりたいと思ってるんだよ」「それなのに、どうして辞めるの」「ねえ、どうして辞めないといけないの」「何か悪いことでもしたの」「僕の家じゃ、お父さんもお母さんも辞めなくていいのにって、言ってたよ」「わたしのおばあちゃんも。がばいよか市長さんだって言ってたよ」「クラスのみんなも、また市長さんに来てほしいなあって言ってたよ」背が高くて得したことはあまりないけれど、このときばかりは違った。もし僕の背があと15センチほど低かったら、僕は小学生に泣いているところを見られたかもしれない」
医師会などからのリコールを受け、市長辞職後、小学生たちと交わした会話のシーンだ。
あとがきで樋渡氏は「若い首長が増えれば、役所で働く人たちの意識が変わります。役所が変われば、地域が元気になります。地域がどんどん元気になり、活気にあふれてくれば、日本を変える力にもなる。僕はそう信じています。みんなで日本を変えましょうよ。皆さんの職業選択肢の一つとして、市長や町長などがあることを、ぜひ覚えておいてください」と雇用不安の現代へのメッセージも送っている。
政治家・首長への見方が変わるかもしれない1冊。
講談社刊。定価1500円(税別)。
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